ノンフィクションライターの小野一光さんに話を聞く(前編)からの続きです


小野さんは全国の拘置所に足しげく面会に通い、彼ら死刑囚にち密なインタビューを試み、犯罪の真相に迫るスリリングな著作を発表されています。文字に起こせず公表できないような交流もあったと思います。
そんな「裏事情まで知り尽くし、本人をリアルに知っている」小野さんは、事件を面白おかしく脚色されたり美化されてしまっている殺人犯のコンテンツをどうとらえているのでしょうか?


「エンターテイメント作品と、実際の事件は別物としてとらえています。映画や漫画は、あくまでフィクションであり、楽しむためのものだから、とくに知っている事件が題材であっても、特別な感想はありませんね。」

「なるほど、小野さんのルポを読んでしまった後の私だと、実在の被害者や家族の気持ちなどに肩入れしてしまい、不謹慎!とか、美化された殺人犯像に怒りを覚えたり実際は違うだろ!と作品を作品として楽しめなくなってしまうんですけど…いや、作品は面白いし好きなんだけど…」

「それでいいと思います。芹沢さんのように、面白可笑しく作品を楽しんで、モデルとなった実際の事件に興味がわき、調べたりぼくらの本を手に取るきっかけにもなりますから。多くの人が事件や犯罪を知ることは有意義かと思います。」

「そうですね!これからも気にせずいろんなコンテンツをそれはそれとして事件と分けて考えて楽しんでいこうと思います。」

そして、そんな歴代の凶悪犯罪者や事件を追いかけ対峙されてきた小野さんですが、ご自身が恐ろしい目に遭ったり、逆恨みされたりといった怖い目に遭うことはないのだろうか?
若いころはカンボジアの内戦地帯やアフガニスタンの戦場に取材に赴き、弾丸飛び交う中を駆け回り生還した小野さんには、愚問だっただろうか‥‥

「犯罪系の取材ではとくにこれといった命の危険を感じたことはないけれど、ある殺人犯の記事をかいたことで、獄中の犯人から名誉棄損で訴えられました。それはもう、裁判で戦い勝って解決済みではありますけど。それと、フーゾク関係でとある女性に取材をした際、向こうからなにかシンパシーを感じたのか、ストーカーされてしまったことはあります。」

「どんなストーキングだったのですか?」

「心を病んだ、多重人格症のかたでしたね。いろんな人格になって昼夜電話をかけてくる。あるときは関西弁のおっさんになって脅してくる。」

「それは恐ろしい体験ですね!そちらも解決されたのでしょうか?」

「はい、証拠をそろえて警察に相談したら、警察から彼女に警告が行き、そこからはストーキングはなくなりました。ハハハ」

私から見たら波乱万丈な小野さんの恐怖体験ですが、運命論者の彼は基本「死ぬときは死ぬ、助かるときは助かる」という信条が根底にあるので、常に人生に起こる事象に対してフラットに淡々と受け止めていらっしゃるという印象です。

そして、そんなきわどい目に遭っても、危険人物の実像に迫っていくお仕事を続けておられる原動力というか、秘訣はあるのでしょうか?
または「世の中に伝えなくては!」という使命感のようなものはあるのでしょうか?

「やはり、まずルポライターとして、事件とか、人間を知りたい、突き詰めていきたい!という強い気持ちがないと、仕事がうまくいかないように思います。もっと知りたい!というのが動機になっています。」
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「家族喰い」尼崎連続変死事件(主犯 角田美代子)の壮大な取材ルポ


私なんかは、なぜ事件のルポやウィキを読んでしまうのかというと、ミーハー心が3割、残りの7割は「こんな恐ろしい犯罪に巻き込まれたくない、こんな恐ろしい目に遭いたくないから、どうしたら未然に防げるか?」の不安と恐れから解放されるため、という理由です。
事件や犯罪者心理を知り、理解することができたら、未然に回避できる確率が上がるんじゃないかと思ってるんです。
そんなわけで、犯罪を多く取材されてきた小野さんにお聞きしたいのは、犯罪者(特に人殺し)、自らの手を汚さず他人を洗脳・操作して殺人させる信じられないようなサイコパス(松永太や角田美代子など)の彼らは、もともと先天的にサイコパスの気質を持って生まれてきたプリミティブな犯罪者なのか?それとも育った環境のせいで、サイコパスになっていったのでしょうか?ということです。
小野さんにお聞きしてみました。

「両方だと思いますよ。複雑に絡み合っているというか。」

「そうなのですね、でも、私たち一般人が到底思い及ばないような冷酷で残虐非道な悪魔みたいな人間がどうして世の中に産み落とされてしまったんでしょうか?私はそればかり考えてしまうんですが」

「つきつめて考えても、答えは出ないと思います。わからない、理解のしようがない、彼らが確かに存在し、犯罪がリアルに起きたことである。それだけが真実です。なので、一番いいのは「知ろうとしない」そして、「知ろうとしてもわからないことがある」ということを「知る」ことが大事です。犯罪者の共通点、共通因子を追求するのをやめた方がいいです」

なんだか、小野さんの言葉に頭をガーンと殴られたような気分です。戦場や危険地帯を駆け回り、危険なリスクを取りながらも「知りたい」という心に突き動かされ様々な現場を足で、肉眼で、時に当事者と対峙しながら体験された小野さんのたどり着いた答えが、何よりもリアルで真実なんだと思いました。
と同時に、ぽやぽやと安全なぬるま湯につかりながら、ネットや読書で得ただけのにわか知識に畏怖しおののき大騒ぎしている私の存在自体が、とってもちっぽけに思えました。
だからと言って、打ちのめされ暗鬱な気持ちになったというわけではなく、むしろ頭の中の霧が晴れて、トンネルの先の光が見えた気分でした。
「そうか!わからないことがある、それでいいんだ!」

「仕方ない、それでいいんです。そして、まだ起こってもいないことを不安に思い恐れながら生きるのはやめた方がいいですよ!笑」
「そうですね、ほんとそうですよね~笑、ありがとうございました!」

さらに私が漫画家、ということもあり、
「こういった洗脳系の犯罪者をマンガにする際、お笑いとかには持っていけないものですか?」とご提案を頂きました。
「お笑いですか?(目をパチクリ)」
「そうです、不幸に陥れる洗脳ではなく、前向きで他人を幸せに洗脳するサイコパス笑、宗教とかではなく。」
「すごい新しいかもですね!考えてみます、おもしろそう~!」
と、アイデアまで享受させてもらいました。




というわけで、あらかた私がお聞きしたかったことは聞けたので、満足したしとてもすがすがしい気づきも得たのですが、小野さんのご厚意で「ほかにもなにか僕に聞きたいことがあれば何でも聞いてください」とおっしゃっていただいたので、思い切って
「相模原障碍者施設襲撃の事件の犯人の思想についてどう思いますか?」とか
「毒入りカレー事件の林真須美容疑者はえん罪だと思われますか?」など、自分が疑問に思う事件についていろいろ内情をお聞きしました。ここでは趣旨から外れますので内容については割愛します。

小野さん、お忙しい中取材にご協力くださり、ありがとうございました!またいつかお元気な姿を拝見しお話しできる日を楽しみにしております!お写真もお借りしました、ありがとういございました。

この日、小野さんから最新の著書を含め、2冊贈呈していただきましたので、さっそく読ませていただきました。ここからはつたないですが私なりの感想を書いていきます!


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↑小野さんから頂いた2冊



「限界風俗嬢」

こちらは表紙裏表紙のお写真も小野さんの撮影らしく、この本の中の取材対象の女の子なのかな?と誰なんだろう?と好奇心を掻き立てられました。素敵な装丁の1冊です。

私がSM嬢やソープ嬢を取材させていただいたのは20年以上前ですが、そのころに抱いていた彼女たちのイメージとはざっくりまるっと異なった印象を受けました。
20年前は、どこか親や彼氏など「第3者にフーゾクに身を落とされた気の毒な女の子たち」というイメージがぬぐえなかったのですが(あくまで私の視点)、今この小野さんの本に出てくる女性たちって、みんな自らこの世界に飛び込んでいて、しかも自分の立ち位置を冷静に客観視できていてすごいな、という印象でした。
そして、自分の性欲や性的嗜好を肯定的に考えていて、けして「気の毒」でもなければ「可哀想」でもない、しっかりとした自立した女性像を感じ取りました。
とはいえ、「会社の人には言えない、家族には秘密」というまだまだ市民権を得た職業とはいいがたい職で稼いだ過去を誇ることができないほの暗さもある。
風俗という職業があるからこそ助かっている女性たちも多いし、風俗が廃止されることはこの先も絶対にないとは思うけど、女性の誰もが憧れる職業にはならないでしょう。
その理由は、やはり女性の多くが、不特定多数の男性と性的交渉をすることを望んでいないから
。だけど、小野さんに心をゆるし、自らの人には言えない人生を赤裸々に話す彼女たちはこぞって「やってよかった。いろんな人を知れるから。世の中を知れたから」と言います。
そういう「暗くてじめっとしている」とはいいがたい彼女たちの本音を知ると、「なんなら私も若いうちにSMの女王様でも経験しておけばよかったな」とへんな後悔の念すら感じてしまいました。
コロナで一時的でも客足が遠のいた業界であるにもかかわらす、飲食店のような手厚い休業協力金もなく、保証もなく、それでも生活のため感染を恐れながらもお仕事をされている皆さんには、「体に気を付けて頑張ってください」以外に言葉が見つからない。
それでも、彼女たちを「逞しい」と締めくくった小野さんのあとがきに共感せずにはいられない。
私もへこたれている場合ではない。


「殺人者はそこにいる」

すでに18年前の初版から27刷めというロングセラーのノンフィクション・犯罪ルポ集で、私は初めて読みましたが、非常に濃厚で、読み応えのある1冊でした。
7名の執筆者が13の犯罪を紹介してくれています。そのうちの1話が小野さんのもので、小野さんはこの本を下さるとき、その13話の中の一つの話をめちゃめちゃ面白いから読んで!と進めてくださっていました。
ですのでとても楽しみにして読み進めていきました。

結論から言うとどれもすごく…残酷で、後味もわるく、もやもやするし、やるせない。でも、こんなにも人の人生はドラマチックなのか!と感嘆せずにはいられません。
事件に巻き込まれ、なんの罪もない殺されてしまった方や遺族の方のくやしさ、無念さ、痛ましさには心が締め付けられましたが、「こんなことが起こるのか!起こっていいのか?なぜなんだ???」と、まるでいつも無防備で楽しんでいる土曜ワイド劇場や火曜サスペンスみたいな突飛な事件が、リアルに起こっているという事実に驚愕するばかりです。
テレビや映画でやっているようなおぞましい事件の、さらに何倍も上を行く残酷な悪魔の所業に、口をあんぐりさせて言葉を失うほかリアクションがとれないという…無力感に襲われます。

この13のストーリーの中には、いまだに解明されていない未解決事件や、これ絶対コイツやろ犯人!とわかっているのに法で裁けないままで終わっている事件がいくつか混じっており、そういう事件を知ると、「誰が、どんな理由で、どのように殺されたのか。そして犯人には裁きが下りました」という事件が、たとえどんな残忍な事件だったとしても、「まだよかったね、解決をみて」という気持ちにさせられてしまいます。

取材されたライターさんたちの、根気や執念、主観も感じながら、当時世間を騒がせていたという記憶もよみがえり、読後感は重々しいものではありましたが、「読んでよかったなあ、他の人にも読んでほしいなあ、そして感想を語り合いたい」と思える深みのある1冊でした。
文庫版・オムニバス形式で、サクッと読めるので、バッグに入れてどこにでも持ち歩き、ちょこちょこ読み進められて便利でした!

というわけで、最後は読書感想文になっておりますが、「ノンフィクションライターの小野一光さんに話を聞いた」いかがでしたか?
なかば神経症気味で興奮して考えのまとまっていない私のインタビューに、わかりやすく丁寧に優しさをもって応えてくださってました。そんな小野さんの、暖かいお人柄などが伝わっていればいいなと思います。


私の趣味丸出しのインタビュー、楽しんでいただけたら幸いです。

最後に、小野一光氏の今後のご活躍お祈りすると同時に今後もルポなど楽しみにしています、ありがとうございました!!